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「迷想中・迷走中・1860」
- 水上陽平(気功療法院)
2026/02/09 (Mon) 01:28:16
ある気功師・1459
「無と空・32」
「いいかげん」だから「こだわらない」
空はこの世の仕組み。
無は自分の生き方。
この世の生き方をブッちゃんは伝えたのだ。
正しい生き方を伝えたのではない。
楽な生き方を伝えたのだ。
苦しみが少なくなり、あるいは無くなる方法だ。
それが「無」という生き方だ。
なぜ「無(こだわらない)」という生き方か?
それは、この世の仕組みが「空(いいかげん)」だからだ。
空と無はお似合いの愛人同士。
(夫婦とは違うぞ)
束縛も契約も無いけど、深く理解しあえる間柄だ。
(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索
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「迷想中・迷走中・1859」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/07 (Sat) 22:58:17
ある気功師・1458
「無と空・31」
無の話が続いた。
つ、つい、説明してしまった。
ワシは未熟だなぁ・・・
本当はどうでもいいのに・・・
題に空も書いた。
ならば、空についても書こう。
ついでだ・・・。
無と空は深くつながった愛人同士。
ワシは心経の解説をした。
無を「こだわらない」。
空を「いいかげん」と訳した。
だが、無が「愛」の一面だったのだ。
ならば空にももう一つの面がある。
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「迷想中・迷走中・1858」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/06 (Fri) 23:04:32
ある気功師・1457
「無と空・30」
まぁキリちゃんの言葉は誤解されやすい。
でもメンドウクサガリ屋のキリちゃんだ。
いちいち説明しなかっただろう。
理解してもらえる事にも「こだわらない」
布教なんて思ってもいなかったろうな。
「無」の実践者。
ブッちゃんやキリちゃん。
だから愛の人。
だから無の人。
だから、こだわらない人。
ワシ流の表現なら、いいかげんだ。
デタラメじゃないぜ。
いいかげん。
やわらかく、調和している姿だ。
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「迷想中・迷走中・1857」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/05 (Thu) 22:30:24
ある気功師・1456
「無と空・29」
キリちゃん(キリスト)が言った。
「全て愛しなさい」
生真面目な弟子達はそのまま伝えた。
そのまま教会が教えとした。
愛の意味や内容を理解せずに伝えた。
だから、ほとんど無意味な教えとなった。
「全てを愛する」
固定概念の愛で、それを実行できる人はいない。
無理やり実行に移そうとする人達はいる。
でもなぁ・・・病気になるぜ。
キリちゃんは「こだわらない」実行者だ。
だから出来る。
「全て、いいかげんにやろうぜ」
これなら、意味が通じる。
実際は、そう言ったんじゃないかなぁ。
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「迷想中・迷走中・1856」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/04 (Wed) 22:11:27
ある気功師・1455
「無と空・28」
「愛する」を狭くみていた。
愛する対象に、特別な「何か」を寄せる。
つまり愛する相手には、何らかの「こだわり」を持つ。
愛する人には、愛さない人と差別する。
愛する人には贔屓する。
ところが・・・
「無」が「こだわらない」で「愛する」行いだ。
愛する相手には、何も特別な事はしない。
というよりも・・・
「こだわらない」で関われる相手が「愛する」対象となる。
ワシは目からウロコ状態だ。
今まで「愛する」と思っていたのが浅いと知った。
それも「愛」かもしれないが、浅い愛だ。
何も特別が無い行い。
それが、深く広く高い「愛」なんだなぁ。
い、いや、当たり前の「愛」なんだな。
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「迷想中・迷走中・1855」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/03 (Tue) 21:19:36
ある気功師・1454
「無と空・27」
本妻愛人人妻にこだわらない。
犬猫妖怪幽霊にも(それほど)こだわらない。
政治家詐欺師ヤクザにもこだわらない。
依頼されれば、誰でも同じだ。
ワシは氣功中(仕事中)だけは、無に近い。
だからこそ、依頼されなければ手(氣功)を出さない。
無節操だが、デタラメではない。
ワシの生き方がある。
こだわりじゃないが、プロとして生きている。
多分・・・愛深き人達は24時間だろう。
365日だろう。
誰にも、どんなモノにも、見えないモノにも同じ。
こだわらず、同じく関わっているのだろうなぁ。
ワシには、もちろん出来ないし、そこまでするつもりもない。
仕事中(氣功中)だけで充分満足している。
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「迷想中・迷走中・1854」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/02 (Mon) 21:40:11
ある気功師・1453
「無と空・26」
もともと素質はあるのだ。
ワシは無節操の素質はあるのだ。
「こだわらない」と「無節操」は似ている。
本質の違いなど、どうでもいいじゃないか。
似ていれば、近づけるさ。
ワシが愛深き人だとは思えない。
だが、節操が薄いとは思える。
相手が誰でも、あまり影響ない。
超美人でも人妻でも超****でも・・・
でもなぁ、20代の若ぇネ~チャンは苦手だ。
10代のネ~チャンはもっと苦手だ。
毛虫と同じくらい苦手だ。
(結構好き嫌いがあるじゃん・・・)
何処かの社長や先生。
威張った政治家、芸能人。
どうせ無関係だと思っている。
まぁ、ポーズとして政治家には辛口だ。
だが、本当は誰でもカボチャと同じだ。
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「迷想中・迷走中・1853」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/02/01 (Sun) 22:09:34
ある気功師・1452
「無と空・25」
様々な条件にこだわらない。
だから差別しないで関われる。
職種、性別、年齢、貧富はもちろんだ。
人間と人間以外のモノ達。
生きているモノとそうでないモノ。
故御師匠様は差別しなかった。
区別だってアヤシイものだ。
どんな相手にも普通に接する。
それが、どんなに素敵な事か。
それが、どんなに凄い事か。
目の当たりにすれば感動する。
少しでも近づきたい。
同じ様にできなくても近づきたい。
ワシはそう思った。
なんて素敵な生き方だろう、と思った。
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「迷想中・迷走中・1852」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/01/31 (Sat) 22:16:32
ある気功師・1451
「無と空・24」
広く深く優しい関わり方。
それが「こだわらない」って方法だ。
気取っていうなら「愛」ってヤツだ。
ワシはこれに気づくまで数十年かかった。
「愛」を小さく狭くとらえていた。
「こだわらない」を個人の生き方ととらえていた。
同じモノだと気づかなかった。
同じモノだという例は目の前で見ていたのに・・・
故御師匠様もそうだった。
「こだわらない」生き方だった。
それは、とても愛深き接し方だった。
こだわらないから、愛深き生き方となる。
同じモノだから、当たり前だったのだ。
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「迷想中・迷走中・1851」 - 水上陽平(気功療法院)
2026/01/30 (Fri) 22:00:46
ある気功師・1450
「無と空・23」
「愛しなさい」
そんな無責任は言わない。
愛の形さえ解らないのに・・・
宗教組織は無茶を言う。
知らないからだろうなぁ・・・
愛を動かす意思。
具体的に伝法した。
八っつあん、熊さんに解るように。
鳥やケモノに解るように。
それが「こだわるなよ」だ。
字で表したのが「無」だ。
超偉人、超優秀人達は同じだ。
難しいことは言わない。
出来ないことも言わない。
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